不動産の鑑定評価って何(7)鑑定士によって評価額は変わるのか?
2023/1/26 木曜日
時折、お客様から「鑑定士の先生によって評価の額ってどのくらい変わることがあるんですかね?」と質問されることがあります。
案件の種類によって一概には言えませんが、以前の記事で書いた様に私たち鑑定士はある案件を評価する際に、現況を踏まえた上で「将来的なストーリー」を描く事になります。このストーリーの設定如何で出てくる結果も当然変わって来ますが、意図的に価格を高く(あるいは低く)算出する意図をもって、あまりに非現実的な設定をしてしまうと、不当鑑定としてお咎めを受けてしまうこともある訳です。(開発不能な土地を可能として評価するなど)
ですが必ずしも異なったストーリーのどちらかが絶対的に正しい、誤りという話ではないにも関わらず、評価額にかなりの差異が生じることもあります。
以前私が評価させて頂いた案件で非常に印象に残っている例をご紹介すると
ある日のこと、お客様より「先日評価して頂いた〇〇の工場の件ですが、金融機関さんが別の鑑定評価書を見たところ、矢口さんが出した評価額の1/3以下の評価額という事で、担当者が本当に同じ物件の評価なんでしょうか?と非常に困惑しています、それについて見解をお聞かせ願いますか」という趣旨のお電話を頂きました。
「さ、三分の一ですか!??」と今迄の鑑定人生で恐らくは初めて遭遇する事態に一瞬頭が混乱しましたが、一度冷静になって相手方の評価書を拝見させて頂くと、「あーなるほど、そういう話ですか」と一応は納得できる部分もありました。
その時私が評価させて頂いた不動産は土地の規模が2,000坪程度の敷地に複数棟の倉庫、工場と事務所が立地している自社利用の物件でした。なお建物の建築時期は市街化区域と市街化調整区域が区分される所謂「線引き」以前に建てられたものです。
物件の属する地域は古くは工場と農地が混在する地域でしたが、市街化区域に編入された際の用途地域は住宅系の指定であり、周辺は一般住宅地として開発が進められ、その物件は住宅地の中でポツンと工業用地として存在する、少し場違いな印象の立地でした。(不動産鑑定評価の用語ではこのような状況を「周辺との適合性に欠けている」という表現をします)
従って私もその土地の「更地としての」最有効使用は戸建て分譲用地と評価書内に記載していました。この点については相手方と差異はありません。
ですが私は、この物件が仮に売りに出された場合、現状の利用状況の継続を前提とした買い手が出現するだろうという想定の下に、周辺の工場用地の取引事例から評価額を算出していました。その上で周辺の利用状態との調和に欠ける点のディスカウントは評価額に反映させました。
その根拠としては、周辺の工場用地と比べて相対的に規模も大きく、工場用地としては使い勝手も悪くないこと、また役所調査によれば「現在の建物を全て取り壊して工場や倉庫の新築は住居系の地域である為出来ない、しかし敷地内に複数ある建物を個別に建て替える場合は全体の一部として改築の扱いになり、同程度の規模であれば認められる」と聴取していたことによります。
要するに従来から合法的な手続きを経て出来上がった物件であるので、その利用形態は法規制が変化した後も保護され、今後も継続しうるというのが役所側の見解だったわけです。
ですが相手方の評価書では、将来的に「更地としての」最有効使用である戸建住宅用地が実現される想定の下、開発に要する費用(敷地内に通す道路の造成費など)や建物の取り壊しに要する費用も盛り込んだ価格算出がなされており、結果低い評価額が計算される結果となっていました。
個人的には「そこまで価格下げなくても、工場で買いたいと思う人いるのでは?」と自分の見解が正しいと思いたい気持ちが湧いては来たものも、実際この物件が売りに出ることもないため検証の仕様もなく、将来のことは、「これこそが絶対的に正しい」とは誰にも言えない話かとも思いますし、相手方の描いたストーリーも法律上問題がある部分もないので現実化する可能性もあり、誤りと断定はできないわけです。
この件、こちら側の見解を相手方に伝えた後は、何か尾を引く事もありませんでしたが、鑑定評価の方針によって結果が変わる例として非常に印象に残っています。