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衝撃を受けた思い出

2023/7/27 木曜日

  こんにちは、埼玉県で独立自営の不動産鑑定士、矢口真実です。

 私もかれこれ不動産鑑定の仕事に関わって通算20年近く経ちますが、仕事を始めて暫くの間はこの「不動産鑑定」という仕事がどうにも好きになれませんでした。有資格者がこんな話をするのは身もふたもない話ですが、つまらない数字遊びの様な印象だけが強く、また実践的な経験や知識がまだまだ不足している自分如きが偉そうにハンコを押して評価書を作ることに、どこか後ろめたい部分を感じていたのが正直なところでした。またお客様の側からも、積極的な必要性を感じているというよりは、「決まりなので仕方なく頼みます」的な雰囲気が依頼の多数派でした。

 そんなある日、サラリーマン不動産鑑定士時代(確か2010年の話)に地方出張へ行った時の話です。

 その仕事は、小さな工場を借地で利用している事業者の方が、借りている土地を買い取るための不動産鑑定だったのですが、現地に訪れて社長に挨拶した際、名刺を交換するより早く、社長が「先生、うちも正直あまり楽な状況ではないので、なんとか低い価格で数字を出してください、お願いします」と言って深々と頭を下げた時、非常に衝撃を受けました。

 考えてみれば当たり前の話ですが、私が弾いている数字、「不動産鑑定評価額」によって少なからず影響を受けている人がいるという事を強く実感した瞬間でした。それまでもお客様と話す事は少なからずありましたが、ここまで切実な態度を見たのは初めてでした。

 コーヒー専門店の店長から全く同じ材料で全く同じ入れ方をしても、入れる人によってコーヒーの味は変わるという話を聞いたことがあり、また芸術作品の世界で造形物には作者の魂が宿るとか言われています。

 生来生真面目でしつこく物事を考える性格で、仕事に手を抜くとか言う事は無かったですが「不動産鑑定という数字遊びの世界でも魂がこもった評価書とそうでないものでは、評価額が同じでも人に与える影響力は違うかもしれない」というある種の信念が芽生えたのがその経験以来です。それ以降不思議とこの不動産鑑定の仕事に面白みを感じて来ました。

 経験も知識もまだまだ自分自身の理想の姿からは遠い状況ですが、ご縁があり担当させて頂く事になった案件とは真剣に向き合い、その時その時の自分の最善の判断、魂をこめて今後も不動産鑑定と関わっていくつもりでいます。

 なお余談ですが、前述の工場用地の評価は提示した価格で、特に問題なく売買は成立し、最近ふと懐かしくなりグーグルストリートビューで場所を確認したところ、工場がリフォームされ、外観が綺麗になった状態で活動は継続されている様子でした。何よりです。